「親離れ子離れについて質問します。子どもに一人の人間として責任を持ってもらうきっかけは、どうしたら良いでしょうか。」似た質問をいくつか受けます。

質問したこの人(親)が子離れできていないのかな。子どもに「親離れしろ」と言ってもね。自分が子離れできていないのでは、と思います。

先ほどの映画の話(先号の『晩春』)ではありませんが、父親がもし子離れができていなければそういうことはしませんよね。親の方が子離れできていたからウソをついても娘を嫁に出したのです。

もちろん、娘が父親離れしていないのはわかるのですが、やっぱりどっちもどっちだと思いますね。親離れ子離れというのは両方同時でないと。どちらかといったら親の方が先に子離れしてやらないと、無理かな。

「一人の人間として責任を持ってもらう」というのは、まず自分が一人の人間として子どもを見てあげること。これは大事ですよね。ままごとみたいなものですが、一つ一つ、何かを決めなければいけないときには目を見て、「これはこうだよね。選択はこれとこれが考えられるけど、他に考えられる?」と聞くこと。「もし三つ目があると言うなら、それじゃない?じゃあ、このうちどれを取る?これだよね。間違いなくこれだよね。わかった。じゃあそれを取ったら?」ということをくり返すことです。

よく、「話をしてください」と言うのは、そういうことです。「自分で決めるように仕向けてください」と言いますよね。子離れができていない親は選択させるときに自分は絶対Aだなと思いながら話をしますからね。「Aを取ってほしいと思う」と言いますから、子どもは嫌がりますよね。

ですから、A、B、Cがあったら子どもに「どれを取る?」と聞くことです。「これを取る」と言ったら「うん。わかった。じゃあそれを取ったら?」と言うこと。これを何度もくり返すことかな。これがやっぱり親離れ子離れということだと思います。自分で決めるということですね。

「人間として責任を持って」とか、あまり大上段に構えない方がいいです。「自分で決めたら?」と言うことです。

あまり難しいことではありませんよ。前も話したと思いますが、私の場合、長男が小児喘息だったので「いろいろなことを習わせる」と言って家内がいろいろなことをさせていました。空手もさせていたのですが、空手を習いに行く時間になると帯がなくなる。「帯がない」と言ってね。長男はどこかに隠しているわけです。探すのですがとうとうありません。「すみません。今日は行けません」と何度かやるうちにやめることになりますよね。

公文塾にも行かせましたが、宿題を家に持って帰らないのですね。帰り道、公園のドカンの中で燃やして、跡形もなくしてしまうとか。家内は完全に振り回されていました。

最終的には水泳を習わせました。本人は嫌がっていたのですが、私は、水泳はいいかなと思いました。でも私のところに来て、「ぼくは行きたくないんですけど」と言う。「うん。じゃあ、何のために行くのか決めよう」と言って、「たとえば、君が川のそばを歩いていて落ちたとするよね。自分で岸まで泳がないと死んじゃうぞ。自分の命は自分で守るために泳げるようになった方がいい」と私は言いました。そうしたら「わかった」と。

それで長男は納得したんですね。それでスイミングスクールに行くようになりました。「泳げるようになったらやめていい?」と私に聞くから、「いいよ」と言いました。「じゃあ、泳げるようになる!」と言って、先生の教えることを忠実に聞くのです。本当にきれいな姿勢の泳ぎをしていました。先生からは「将来有望です」となるわけです。小学校何年生かの頃です。あっという間に泳ぎを全部マスターしました。

それである程度まで進級すると、今度はタイムを計るようになります。速さになるわけですね。先生から「そのクラスに上がれます。おめでとうございます」と言われたという。家内が「ああ、よかったね」と言ったら、長男が「やめる!」と言ったのです。家内は「どうして?先生も期待しているよ。あれだけの泳ぎができたらとにかく速く泳げるし、それを練習したら?」と言ったのですが、「やめる」の一点張りです。その理由は何かというと、「ぼくはもう川に放り込まれても岸まで泳げます。どういう泳ぎもできます。速さを競うのは嫌だ。やめる!」と言う。それで私は、「わかった。やめなさい」と言って、やめたのです。自分で決めさせました。

今度はその妹が行くことになってね。娘が。家内がある日都合があって一度だけ私が練習に連れて行ったことがあります。父兄が二階の席からプールを見ているのですが、まあ、娘は先生の言うことをまるで聞かない。先生が一生懸命に「次はこうやるんですよ」とやっているのですが、一人だけ勝手に潜ったりして楽しそうに遊んでいるのです。楽しくて仕方がないのです。自分で自由に潜ったりして遊べるのが楽しい。飛び込みも教えてもらったとおりに絶対にやりませんから。バチャーンと水しぶきを上げて飛び込んで、キャッキャッと「楽しい!」とやっているのです。そのうちどんどんクラスの下の子に追い抜かれていっても娘はいっこうに気にしません。小さい子がどんどん追い抜いていくのです。先生の言うとおりにしませんから先生も娘だけを放っています。この子はそういう子でした。そうやりながらでも泳ぎは覚えましたけれども、娘はそういう子です。とにかく好き勝手にやる。自由気ままになるのが楽しくて仕方がないのです。

人それぞれではないかと思いますが、やっぱり自分で決めるということかな。自分で決めさせることが大事かなと思いますね。

家内は「最初はこうだけど、状況が変わるとどんどん変わっていくものだよね」と言いましたが、私は「約束したことでいいよ」と答えたのです。

でも小児喘息は空手をやったとか、水泳をやったからといってよくなるわけではありませんでした。全然関係ありません。入院して点滴を打ってもまったく関係ありません。一度発作を起こすと時期が来なければ収まりません。長男のぜんそくは、高校を卒業して私の会社に入社するために福岡に引っ越して、ピタリと止まりました。
(西)

風間旅人随想